富士山のバス事故

今から2日前、またバスの哀しい事故が起こった。 私は、旅行会社も貸切バス会社も経営している。 対岸の火事ではない。
テレビのニュースや、ワイドショーで連日取り上げている。 その中で、旅行会社の批判・貸切バス会社の批判、 コメンテーターが正論を持ち出して、真実ではない所で唸りをあげている。

勿論、運転手がすべて悪い。 それを管理していた会社も悪い。 乗客の死亡事故に関して、責任を逃れる事は出来ない。

でも、真実はきちんと伝えるべきだ。 憶測だけで、非難するのは辞めて欲しい。 私の考えや意見も、まだ警察や国土交通省運輸局の事故調査報告書が無い状態では、確かに推論の域を出ない。
私はお客を乗せるバスも時々運転する。
それぞれの国家資格として以下も保有している。
貸切バスの運行を管理する、「運行管理者(旅客)」の統括運行管理者でもある。
旅行を管理する「総合旅行業務取扱管理者」として、当社の登録旅行業務管理者でもある。
ましてや当社の代表取締役でもあり、バス事業・旅行事業に関して全ての責任を追っている。
その上で意見を書いてみる

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旅行会社が悪いのか?
バス会社が悪いのか?
管理する国土交通省が悪いのか?
車輛を製造した三菱ふそうが悪いのか?
業務用車両は3か月単位で、検査が義務づけられるが、その時に整備した整備士が悪いのか?


マスコミやメディアは犯人を作ろうと必死になっている。
マスコミはこぞって「ドライバーが初めてのルート」と言い続けている。 初めて走ったコースが問題なのか?
いいや関係ない。 貸切バスの運転手は路線バスと違い同じルートは基本存在しない。 借主の指示ルートで走る。貸切バスの運転手は初めての道を通る事が一般的に普通なのだ。

事実はシンプルだと思う。
・・操作ミス・・・

添乗員が事故前に 「ブレーキが効かない」と運転手が話したのを聞いている。
更には、現場にはブレーキ痕もある。
また、事故車両は右カーブでハンドルを右に切っている。
運転手はギリギリまで、この車体を制御しようと努力していた形跡がある。

「ブレーキが効かない」 これはブレーキ過多により、焼付き(フェード)しか考えられない。

・・・運転手の技術ミス・・・

それ以外無い。

でも私が本当に言いたいことは違うのだ・・・

今回の貸切バスの事故の原因は、「山岳道路の下り坂」軽井沢の死亡事故とほとんど一緒だという事。

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貸切バスの運転手は、2種免許で技術力が非常に高い。 トラックドライバーと違い、お客様の命を預かっている事を意識して安全運転する人の方が多い。 更にスピードや安全に対して、自分の欲求をコントロールして、低速運転できる人が多い。
事実、トラックの事故は毎日起きている。件数が多くてニュースにもならない。
しかし、バス事故は圧倒的に少ない。滅多にない事なのだ。だから事故が起きるとニュースになる。 では何故そんな、安全運転をする2種免許(バス)の人が事故をおこすのか?

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これは、バスの運転手だから起きた特有の事故であると思う。
バスの運転手は、安全運転はもちろんだが、乗客の快適性を求められる。
急ハンドル・急発進・車体がロールをするようなカーブの曲がり方・すべてご法度だ。
乗客が振動や、G(加速・減速時の圧力)を感じないように、同じスピードで円滑に運転する事を求められる。 乗務審査には、車内に細長い灰皿を立てて、倒したら失格のような乗務訓練も行う。

加速・減速は緩やかに。更には振動も客室に伝えない乗り方を要求されている。
「安全運転+快適性」 バスの運転手には、常に2つの意識を必要とされる。

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今回は富士山5合目から須走の下り道で事故が起きた。 私もここを走った事がある。 アクセルを踏まなくても、加速していくぐらい物凄く勾配がきつい。関東でも稀に見る急勾配道路。

バスの運転手ならば、ブレーキの焼付は誰でも知っている。 またそうならないように細心の注意をしている。 勿論26歳の事故をおこしたドライバーも知っていたはず。 では何故?ブレーキは焼付いたのか??

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バス運転手のミッション「安全運転+快適性」
その中で「快適性」が仇になったと思う。

下り坂での減速で、ブレーキの回数を減らすには、ギアを落とすしかない。
しかし減速の為にギアを落とせば、12mある大型車輛は強いショックが起きる。乗客に減速のG(圧力)が掛かる。 更には、ギアが低速に入ると、エンジンの回転数が一気に上がり(ゴオーーー)と爆音がする。 これは観光バス運行の「快適性」とは反する行為。

ギアダウンの減速で対応しているだけでは乗客に対して、強いショックとエンジンのノイズは和らげる事が難しい。 しかし、ブレーキ操作を加えるなら、ある程度ショックの緩和は出来る。

私も9mのバス運転でベテランドライバーに言われた。「最高速60kの一般道路なら4速入れっぱなしで走れ」と。 「ギアは頻繁に変えないで、アクセルワークとブレーキでコントロールしろ。その方が乗客にショックが少ない。」
(バスの快適性にはギアを出来るだけ変えない。)
快適性求める走り方と下り坂の走り方とは、ベクトルが逆になるという事。
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運転手はバス運転手の本能である快適性のあるドライブを心がけた。
「ブレーキー」と「ギアダウン」そして「排気ブレーキ」この3つを併用して坂を下ったのだと思う。 しかし12m車輛で36人の乗客。12t以上ある車体は考える以上に、ブレーキの負担が大きかったのだと思う。
「乗客にショックが少なく快適な運転を心がける」 バス運転手の本能(哀しい性)が、安全運転よりも勝ってしまった気がする。

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ベテランドライバーはテクニックがある人が多い。
通常は下り坂で減速する為にはブレーキを踏む。
しかし テクニックのある運転手は、クラッチを切って、むしろブレーキではなく、逆にアクセルを踏む。 タイヤへの動力を伝わらなようにして、エンジンの回転数をあげておく。 そしてギアを下げると、スピードの変化が少なく、衝撃も少なく、ギアを落とすことが出来る。
・・・これをブリッピングという・・

私もブリッピングをオートバイの運転で使っていた。バイクはブレーキやギアダウンで急減速すると タイヤがロックして滑ってしまったり、制御不能になる。 ブリッピングはバイク乗りなら、ある程度使う技術。
しかしこれは乗客を乗せたバス運転では慣れるまでなかなか勇気がいる。 減速したいのに、ブレーキではなく、アクセルを開く必要があるからだ。
このテクニックがあれば、ブレーキだけに頼らないで済む。 若い運転手や、トラック上がりの運転手は過去の経験上ブリッピングを使わないので、 使えない人が恐らく多いのだと思う。

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特にこの道は難しい。恐らく2速の低速ギアでも油断すれば数秒で50㎞以上は出てしまう急勾配の下り坂。 シフトショックが強いので、2速⇒1速に落とせなかったのではないか??
せめて2速のレンジだけで対応しようとブレーキを過度に併用したのでは??
この急勾配は、乗客からクレームが来たとしても、大型バスなら1速で回転数が上がり、うるさいくらいエンジンを唸らせないと下りられない気がする・・・
でも、クライアントはクラブツーリズム。高級日帰りバスツアーだ。ショックが激しく、エンジン音がうるさい運転をする訳には行かないと考えたか?・・・

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知らない人が多いが、軽井沢のバス事故は、これの延長線上でおきたと考えられる。 軽井沢の事故車両は「フィンガーシフト車」だった
フィンガーシフトは減速する際にギアダウンすると、 「落としたいギア」と、「スピード」と、「エンジンの回転数」が一致しないと、ギアが入らないようにできている。 これは、減速時にギアダウンして、エンジンの回転数が必要以上に上がらないように、エンジンを守る為の保護装置。
大型バスやトラックは高回転でエンジンを廻すと壊れてしまうからだ。
恐らく、軽井沢の事故の時は、 減速時にギアを下げたはず。しかしアクセル踏まずに、スピードと回転数が合わず、 ギアが受付けてもらえずに、ミッションが入らず、ニュートラル状態で、 下り坂を下り続けた。
運転手はニュートラルから下位ギアへ入れられず、ギアダウンできずにパニックになりコントロールを失ったと思う。 事故の前に道路のカメラには、事故車両のブレーキランプは付いていたので、 何度もブレーキを踏んでいる。それでも減速できなかった。ギアダウンできずフェードがおきる。 30人も乗っていて加速のついた下り坂でフェードが発生したら排気ブレーキはほとんど役に立たない。

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この症状を改善する方法はある。

ハッキリ言って車輛の構造上の問題。
製造会社という意味ではない。

ブリッピングが必要なのは 両方ともマニュアル車だから起きた現象。 マニュアル操作の、マンパワーが起こした事故。
コンピューターが入っているオートマなら防げた可能性は高い。 下りを感知すれば、ギアを自動で下げられる。

最近の最新バスはオートマ化している車輛も多い。
人間である以上ミスはする。
過去の事故の教訓を得ても、人間はミスを繰り返す。 であるならば、機械に制御させるべきだ。
人間のミスの確率を下げたいなら、人間の操作の比率を下げるべきだ。

モラルが問われる発言かもしれないが
旅行会社が悪いとは思わない。
バス会社が悪いとは思わない。
運行管理者が悪いと思わない。
国土交通省が悪いと思わない。
製造メーカが悪いと思わない。

同じような大型バスのミッションの問題(ブリッピングが出来ない)で発生している事故。 人間のミスが出ないような新しいバスを開発すればいい。

・・・私が言いたい事・・・

犯人探しても意味がない。 この哀しい事故は、これからの車輛開発技術で克服する。
過度な下り坂でも、ミッションの衝撃を和らげてギアダウンができる。 「安全性と車体への衝撃を和らげる事を両立したミッションの確立」
この事故の教訓としてやることはそこなんだと思う。
メディアが追及するのはそういう事なんだと思う。

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最期に・・・

楽しい旅行のはずが、最悪の結果になってしまった。 同業者としても凄く心が痛い。
お客様に喜んでもらうのが、楽しんでもらうのが、我々の本来の仕事。観光業とはそういう商売。


お亡くなりになった方には、 心からお悔み申し上げます。



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2022年10月14日付

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